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彼が寂しくないように
「KAZくんのママは真面目ですよね。」と言われれば、「ええ、真面目ですよ。」と、「教育熱心な方ですよね。」と言われれば、「ええ、教育熱心です。」と私は答える。「そんなことないですよ~。」と、ここで変に謙遜しても仕方がないからだ。「そうですか~?」ととぼけるのもなんかやだ。とはいえ、冗談も言わないのかといえば、そんなことはない。

私は、「息子が好きだから、将来結婚しようって言ってるんですよ~」とたまに話すのだが、本当は全然そんな気はない。本心は、KAZには早く所帯を持って欲しいと考えている。できれば、20代で結婚して、20代のうちに父親になって欲しいと願っている。

最近、「ねえ、なんで大人は結婚するの?なんで、結婚したら子どもができるの?」と、KAZが質問するようになった。学校で、いのちの授業をやったからだろう。「それはね、お父さんとお母さんが死んだら、あなたはひとりになってしまうでしょう?ひとりは寂しいよね?家族が欲しいよね?結婚とは家族を作ることなの。自分で新しい家族を作ることなの。結婚して子どもを産むということは、お父さんがいて、お母さんがいて、子どもがいる・・・そんな家族を作るということなのよ。だから、あなたも早く結婚して家族を作りなさい。」

そんな私の説明に、KAZも納得したようだ。結婚とは家族を作ること・・・長い結婚生活を経て、しみじみそう思うようになった。両親もきょうだいもいない私が結婚していなかったら、今頃私はひとりぼっちで生きていた。「友達がいるから寂しくないよ。」とKAZは言うが、「友達は友達。家族ではないでしょ。家族がいなかったら寂しいでしょ?」と私。だからKAZにも、私たちという家族がいる間に、新しい家族を作ってねと願う。彼が寂しくならないように。
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# by o-chuck | 2012-03-13 10:37
私が考える教育とは
留年制度があろうとなかろうと、KAZにはきっちり勉強させるとブログで書いていて、ふとそれが当然なんだよなと考えてしまった。学校を選ばなければ、勉強しなくても大学まで行けてしまう昨今。そんな時代になって、こりゃ嬉しいと喜んでいる親や学生はどのぐらい存在するのだろう。勉強がわからなくても、義務教育の間はみんな進級できるし☆とか、どこか入れる高校はあるだろう♪とか、気楽に考えている人がいるとしたら、それは問題だろうと思う。

「小学生に留年はどう思う?」と、地元の教育学部の大学生に意見を求めたら、「私は反対です。小学生のうちは遊べばいいと思うから。」と言われ、やはり若いなあと思ってしまった。断片的にしか物事を見ていないのだろう。高校生を例にすると、勉強のできる子は、留年したくないから勉強しているのではない。留年制度など関係なく、勉強する子は勉強するのだ。

小学生であってもそれは同じで、例えば私など、そんな制度などがなくても、子どもが理解するまできちんと勉強させる。本人が勉強しないから、あるいは保護者が勉強させないから、在学中に勉強につまずき、わからないまま中学・高校へと進んでいってしまう羽目になる。私が思うに、小学生にも留年はあり!と唱える人は、自分の子だけでなく、他の子の教育もきちんと考えられる人なのだと思う。つまり、教育熱心な人か教育関係者たちだ。

留年というと、一般的には、ええ~!かわいそう~と思ってしまいがちだが、学校側だってバンバン留年者を出そうとは考えていない。むしろ、一人も出したくないから、高校生の場合、補習などして何とか進級させようと教師も頑張っている。長期入院などの特別な理由を除いて、それでも留年してしまう者がいれば、それはもうよっぽどの学力なのだ。

留年は罰ではない。このままその子を進級させても、その子は勉強についていけないから、その子のためにもう一度最初から教えましょうという、救護策なのだ。勉強を理解していないのに、進級させるほうがかわいそうだと、私は考える。だから、先ほどの学生のように、「小学生に留年なんて・・・」という意見を聞くと、真剣に教育のことを考えている?と思ってしまうのだ。

そもそも、世間の皆さんはどんな思いで子育てをしているのだろう。人から生真面目だと言われる私なんかは、日々、日本の未来を担う人材を育てていると思っている。実のところ、私が完全専業主婦になってから3年ぐらいしか経っていないのだが、近所の人たちはそうは思っていない。物事に優先順位をつけていくと、現在私が最優先したいのは子育てなのである。長い人生、子育てに専念する期間があってもいいんじゃないかと私は思うのだが、なかなか理解されにくい。

ひとりの人間を育てているという大仕事。誰も代わりのいない保護者という立場。すべてが、この生真面目な性格からくるものだと思う。しかし、もちろん、親の責任もあるんだけれど、こうして、限られた短い子育て期間を大切にして子育てを楽しんでいるのも、ひとつの幸せの形だ。
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# by o-chuck | 2012-03-12 11:26
留年制度があろうとなかろうと
先日、また塾のクラス分けテストが行われ、めでたく上位クラスに返り咲いた。前回は1点差でクラス落ちしてしまったので、今回はまた上位クラスに戻るだろうと予想していたら、本当にそうなった。KAZも、今回のテストに手ごたえを感じていたらしく、結果発表前から「来月からクラスが変わるのかあ。」と言っていた。KAZが塾に入って1年、成績が安定してきたかなと思う。

算数は、立体図形の分野が満点だったので、ちょっと感心した。今回のテストでは、立体図形は正答率が低く、平均点も低かった。しかし、中学入試では立体図形は欠かせないらしく、今年度の中学入試でも、広範囲に出題されたという。やはり、今から少しずつでも、立体図形の問題には慣れておいたほうがいいだろう。

偏差値70以上の天才児童たちには到底及ばないが、偏差値65以上取ってくれる子になってくれたらなと願う。今のところ、偏差値60以上キープが努力目標である。でも、これがまた難しいのである。夫が、週刊誌で読んだという、天才男子の記事の話をしてくれた。その子は、数学の難しい問題を教師と同級生で解きあうのが、遊びだったらしい。また、あまりにも賢いので、小学生の頃は塾では飛び級をし、上級生と共に勉強して中学受験を頑張っていたらしい。

こういう話を聞くと、すごい子は半端じゃなくすごいと心底驚くとともに、このような子は学校でも飛び級をするなどして、特別な環境を与えてやらなければならないだろうと思う。逆に、勉強のできない子には留年も真剣に検討したほうがいいだろう。
KAZの場合は・・・あの手この手で、とにかく毎日勉強させることだな。
留年制度があろうとなかろうと!
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# by o-chuck | 2012-03-09 11:24
2度目の表彰状
学校よりひと足早く、塾では新しい学年が始まった。3年生になると、理科と社会の授業が加わって少し大変になった。とはいえ、理科と社会の本格的な授業は4年生からで、現段階では「慣らし」である。3年生の間は、理科と社会に興味を持たせるというのが狙いで、テストもやらないらしい。

そんな中、2年生の最終授業で実施された復習テスのト結果が、3年生の最初の授業で返された。クラスの昇降には無関係のテストだが、このテストでKAZがまたもややってくれた。なんと、受験者数906名中、127位になり、国語にいたっては60位という好成績を成し遂げた。さすがの私も成績表を見るなり、「すごい・・・」と絶句してしまった。

漢字問題で1問、私の予想が当たったという嬉しさもあり、心から嬉しい思いでいっぱいになった。個人的な嫌な出来事でさえ、ふっとんでしまったほどである。「また、表彰状をもらったよ。これで2枚目になった。」とKAZも喜んでいた。2度目のクラストップである。下位クラスでトップになり、中位クラスでもトップになった。次は上位クラスでトップね!と、親子で夢が広がる。

何度も言うが、国語の成績が906名中60位というのは、本当にすばらしいことである。3年生へのよきスタートを切ったよ。今年の秋には初めての全国模試を受ける。KAZが全国だと、どのくらいのレベルに位置するのかがよくわかる。今から楽しみだ。
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# by o-chuck | 2012-02-11 11:46
3年生のクラス分け
先日実施された新学年クラス分けテストの成績表を頂いた。わずか1点の差で、またひとつ下のクラスに逆戻りになったので、KAZはたいそう悔しがっている。私は、「そんなに悔しいのだったら、次のテストで挽回しなさい。」と励ました。彼のこの1年の成績を振り返ってみると、「普通」をキープしているなという印象を受ける。すごくできるというわけはなく、かといってできないというわけでもない。数字だけを見たら、実に普通。

時々行われる塾の保護者会でも、先生が繰り返し「点数は重要ではない。注目しなければならないのは、正答率が高いのに、間違えてしまった問題。そこをしっかり勉強するように。」と仰っている。私も最近は、数字は数字と受け取り、KAZはどこがダメなのかということを成績表から分析するようになった。

上がったり下がったりしている折れ線グラフもじっくり見て、「国語が下がっている、なぜだろう?」と考える。漢字の読み書きの伸びが悪いことと、物語を読み取る力がもう少し欲しいなと思う。やはりもっと本を読ませなければならないと、最終的にそこへ考えがいきつく。算数も問題点はあるのだが、今後の課題は国語だろう。基本は国語。国語力が伸びれば、算数も伸びるという私の分析結果だ。

正答率が高いのに間違えてしまった問題というのは、やはり見逃せない重要ポイント。そこはきっちり反省させて、次回のテストに臨みたい。そうすればまた返り咲く。先生いわく、3年生まではプレッシャーをかけなくていいそうだ。

今年もいよいよ中学受験シーズン到来で、塾の先生方も大忙しになるため、しばらく塾はお休みになる。その間、今年も中学入試分析会が開催されるので、去年同様、今年も電車に乗って1人で行って来るつもりだ。これはもう私の趣味である。入試分析会に参加して将来に備えようというのではなく、興味があるから行って来ようというものだ。
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# by o-chuck | 2012-01-18 11:31
創作童話「飢えた人とパン」
現実逃避をせず、しっかり現実を直視し、自分の境遇を受け入れるということは、とても重要なことであると私は思う。だが、なかなかそれを受け入れられない人もいるようで、私がいくら言っても聞かない。もうこれで最後!という気持ちで、失礼を承知で手紙を書いたら嫌われた。

童話にしたらこんな話。あるところに元気な人と今にも飢えて死にそうな人がいた。飢えた人は元気な人にパンをやろうとする。元気な人はそんな今にも死にかけた人から、貴重なパンを受け取ることができない。だが、「結構ですよ。」などと言ってあいまいに対応しても、その飢えている人はあなたにパンをやろうとするばかり。感謝の気持ちだからと言って。

だから、元気な人はこう言った。「いりません。私はパンが好きなじゃないの。自分の食べたいものを食べるわ。」当然飢えた人は怒る。なんて言い草だ。それほど言うならパンはやらん。自分が食べてしまうわ!と・・・
元気な人は嫌われてしまったが、その飢えた人は飢え死にしなくてすんだとさ。
めでたしめでたし。

飢えて死にそうだった人は自分が助かったことに気づいていない。それどころか、「パンが好きじゃないのよ!」と言った人の真意にも気づかず、「失礼な奴だ!」と自分からその人を遠ざけた。バカだなと思う。バカだなと思うけれども、パンを拒否した元気な人はそれでよかったと思っている。こうでもしなければ、飢えた人は飢え死にしてしまっていただろう。それに比べれば、自分が嫌われることなど、たいしたことなどないのだ。

私は、KAZにはこのお話の教訓を理解してほしいと思う。創作童話だが、目に見える事実だけを見ないで、その裏にある真実を見てほしいということだ。物事の理由にまで、きちんと考えを張り巡らせる人に育ちますように。このお話に出てくるような、バカな人には決してなりませんように。




↓この宣伝やだ。
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# by o-chuck | 2011-12-31 12:59
菓子パンが弁当ってあり?
KAZが幼稚園児だったころ、週に一度はお弁当の日というのがあった。園からの手紙に、「以前、お弁当の代わりに菓子パンを持たせる保護者の方がいらっしゃいました。健康上良くないのでおやめください。」などといった文があり、そのときは「えー?そんな人がいるの?」と思ったものだが・・・まさかそれから2年後に、自分がその菓子パンを持たせることになろうとは、夢にも思わなかった!

遠足もあわせて、年に数える程度しかないお弁当の日。それなのに運悪く、前日から私も夫も、40℃近い高熱を出し、動けなくなってしまったのだ!しかも、私は数時間の間に4回も嘔吐を繰り返し、「救急車を呼んだらダメかなあ?誰か車で病院へ連れて行ってくれないかなあ?」などとつぶやいていた。

「ああ、明日はお弁当の日。でも、こんなんじゃ作れない。夫が元気だったら、夫に任せるのに。」と、私は苦しみながらもお弁当のことを考えていた。もちろん、翌朝になっても具合は悪いままで、オール冷凍品のお弁当すら作れそうになかった。仕方ないので、最終手段として、家にあったチョコチップメロンパンとくるみぶどうパンを持たせることにした。そして、せめてもの栄養に・・・とバナナも一本ビニール袋に入れた。

最後に、渾身の力を振り絞って連絡帳に菓子パンを持たせたおわびを書き、判を押した。またそれで更に気分が悪くなったので、夫にKAZをきちんと送り出すことを頼んで寝室に戻った。もちろん、夫もまだかなりの熱があったのだが。私は「お弁当を作れなくてごめんな。」とKAZに謝った。

その後、学校から帰ってきたKAZに、皆からなぜパンなのかと聞かれなかったか?と尋ねると、「大丈夫。先生が説明してくれたから。お父さんもお母さんも病気だから作れなかったって。」と、KAZは明るく答えた。今にして思うこと。お弁当の日に菓子パンを持ってきたという表面の事実だけを見ずに、その裏に隠された原因まで、きちんと考えを巡らせてほしい。



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今年は悪い運を最後に出し切ったので、来年はよい年を迎えられそうな気がします。
来年もよろしくお願いします。また見に来てね (^-^)/
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# by o-chuck | 2011-12-24 01:58
ばっかだなあ!
今朝、脱ぎ散らかしたKAZの寝間着を拾うと、昨夜はいていた靴下が片方しかない。ソファーを見ると、学校にはいていったはずの青い靴下が片方だけ残されている。もしやこれは?!私は、今朝のKAZの行動を思い出してみた。確か、KAZが寝間着のズボンを脱いだとき、片方の白い靴下が脱げたのを見た。次に、ソファーで青い靴下をはいているのを見た。それからはわからない。

青い靴下をはいているとき、KAZはテレビに夢中になっていた。靴をはくときは、靴を見ないでサッとはいていた。そのとき私は何をしていた?玄関のクローゼットからダウンジャケットを出し、「ほら、着なさい。」と言って手渡したが・・・足元は見ていない。まさか?まさか?

KAZは、両足別々の靴下をはいていった?
しかも、右足は白で左足が青いのを??
まさかそんなことが??

しかし、状況からいってそうとしか考えられなかった。色目が同じような靴下なら、そのまま放っておいたかもしれない。帰宅後に確認すればいい。しかし、片方が白で片方が青なんて、目立ちすぎる!!クラスの皆から笑われているKAZの顔が目に浮かんだ。恥ずかしさのあまり、素足で上履きをはいているかもしれない。夏ならまだしも今は冬。素足だなんて冷えるではないか!

小雨が降る中、私は自転車を飛ばして学校へと向かった。青い靴下を片手に・・・。学校に着くと、まず事務室に向かい、「息子が両足別々の靴下をはいている可能性があるから確認したい。息子に会えるか?」と聞いてみた。すると事務員さんは、「今は授業中だから、靴下を預けてくれれば、休み時間に本人を事務室に呼び出してはきかえさせる。」と答えた。

私は、「自分の勘違いだったらそれでいいから。」と言って、片方の青い靴下を事務員さんに預けて自宅に戻った。20分後、先ほどの事務員さんから電話があり、「お母さんの気にされていたとおりだった(!)から、はきかえさせた。」という連絡を受けた。

やっぱり!!!

KAZはやっぱり、片方が白で片方が青の靴下をはいて行っていたのだ!!

KAZは素足にはならず、そのまま靴下をはいていたらしい。それにしても、なんてアホな子なんだろうと思う。信じられない間違いをする。まだまだ、母親の私が気をつけてやらなければならない。彼のそういうアホなところが、かわいいのだけれど。

KAZ、小学2年生。8歳の12月の出来事である。{T_T)
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# by o-chuck | 2011-12-14 11:30
いのちの授業
学校から、12月に命の大切さを教える授業をするので、子どもあてに手紙を書いてくれという知らせが来た。妊娠中の気持ちや子どもが生まれたときの様子を書いてくれという。私はひらがなをたくさん交えながら、こんな内容の手紙を書いた。

KAZくんへ

○○年○○月○○日○○曜日、○○時○○分、○○県○○市で、お父さんが見まもる中、KAZくんはうぶ声をあげました。お父さんはあなたのたんじょうのしゅん間をビデオにとろうとしていたのに、赤ちゃんのKAZくんよりいっぱいないてしまって、さつえいができませんでした。

にんしんがわかったのはとてもさむい冬のころ。りょう親のいないわたしは赤ちゃんをうむのがふあんでした。だから、毎日「KAZくん、お父さんがお休みの時に生まれてきてね。」とおなかの中のKAZくんにおねがいをしました。KAZくん、お母さんのおねがいをきいてくれてありがとう。KAZ君が生まれた時、KAZくんもお父さんもわんわんないておかしかったけれど、とてもしあわせな時間でした。

KAZくん、生まれてきてくれてありがとう。

お父さん、幸せな時間をありがとう。


母より



           ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


すると、今日、KAZが返事をくれた。



大すき大大すき ありがとう 大大大大大大すきだよ

お母さんへ

お母さんぼくを心ぱいしてくれてありがとう。
お母さんのおかげでぼくは生まれてこれたんだよ
かみさまのおかげではなく、母さんのおかげでもあるよ。
お父さんがいない時もがんばってくれてありがとう。
とても寒い冬のころもいっしょうけんめいにがんばってくれたおかげで生まれたんだよ。お母さん本当にいままでありがとう。


KAZより



「寒い冬のころも一生懸命に頑張ってくれたおかげで・・・」を読み、そういえば、私はつわりがひどかったことを思い出した。あの頃はまだ仕事をしていて、つわりで仕事を休んだこともあった。妊娠初期のころは、本当に寒かったしつわりもつらかったが、頑張って乗り切った。なのに、忘れてしまってたよ、そんなこと。

妊娠中は、人には言えない辛いこともあった時期でもあり、おなかの子と一緒に乗り切った感がある。

でも、そのことは言えない。

いつか、言えるようになったらKAZに言うかもしれない。
一生言わないかもしれない。


私と共に戦ったこと。


あなたとお父さんが私の支えだったこと。


あなたがいたから私は強くなれたこと。
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# by o-chuck | 2011-12-12 16:46
低学年で学力に差がつくスピード性
KAZが最上位クラスに入ってから数日が経過したが、クラスが変わったからといって別段何の変化もない。どうやら「低学年のうちはどこのクラスでも同じ。」と塾の先生が話していたとおりのようだ。塾では、2月が新学年スタートなので、3年生になったKAZを考えるようになった。3年生になると、曜日も授業時間も変わり、理科や社会の授業も始まる。秋には初めての全国模試を受けることにもなる。

塾では算数も国語も、学校より高度なものをやっている。最初は慣れるのに大変だったが、最近はそうでもないようだ。例えば算数の場合。難しいといえば難しいのだが、少し目線を変えただけで、やっていることは基本だ。現段階では受験に向けての基礎作り、土台作りといったところか。地盤をしっかり固めている最中の、まだ何も建てていない建設現場のようだ。

国語に関してもだんだん実力がついてきた実感がある。長い話を読んで問題を解くのにも慣れてきたのか、問題を解くスピードが以前より速くなってきた。それは算数にもいえることで、結果、学力向上につながっている。やはり、長時間かけてすればいいってものでもなさそうだ。スピードも重要である。

スピードといえば、九九を覚えた先着5名は、「九九の先生」になれるのだと学校から帰宅したKAZから聞いた。それぞれの段をいち早く覚えた先着5名の児童らは、まだ覚えていない児童らの先生となって、九九練習を聞いてやるのだそうだ。KAZはその先着5名に必ず入るのだと奮闘し、何とか2と5と3の段の「先生」になったと喜んでいる。

このように九九ひとつにしても、誰よりも早く覚えるという意識も大切なのではないかと思う。みんなが覚えてしまった後では、誰が先着5名に入ったかなどどうでもよくなり、「覚えた」か「覚えていない」の問題だけになるだろうと思う。しかし、この先着5名の者たちは今後、成績上位者になっていく可能性は高いと思われる。もしかすると、中学受験組に発展するかもしれない。

まだ、誰もが解けて当たり前といった低学年のうちは、時間を意識して問題を解く訓練をすべきだ。その差が今後大きな差になっていくだろう。少なくとも、中学受験を志す者たちには言えることだと思う。
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# by o-chuck | 2011-11-29 11:26