人気ブログランキング | 話題のタグを見る
トップイメージ
災害時にはウィルコムが威力を発揮する
あの日、私は家で電話をしていた。「じゃ、わかったら今日中にまた電話します。」と言って電話を切ったが、私が折り返し電話をかけることはなかった。その直後に地震が起こってしまったからだ。私はわりと地震にはすぐ反応するほうで、揺れに集中して状況を判断する。そしてすぐテレビをつけて、震度を確認する。たいていはそこで終わり。だが、その日の地震は違った。揺れは大きく、そして長かった。しかも、おさまったかと思ったらまた揺れた。KAZは大丈夫だろうか?

すると、夫からすぐ電話があった。「携帯は今、通じないらしい。」と夫が言うので、「え、じゃ、なんでこれはつながってるの?」と問い返した。すると、夫は「ウィルコムだからだよ。」と答えた。「ウィルコムに加入している人は少ないから、こんな時でもつながるんだよ。」そう、私たちが使っている携帯電話はウィルコム、PHSなのだ。固定電話はつながらなかった。電話はPHSしかなかった。

時計を見ると、そろそろ下校時刻が迫っていた。私は心配で学校まで迎えに行った。すると、また夫から電話があり、KAZが帰宅したら教えてくれと言う。「今、歩いているけど、子どもと誰とも会わない。きっと、みんなまだ学校にいる。」と夫に告げた。学校に近づくと、集団下校をしている子どもたちの列を見かけた。KAZがいないか、立ち止まってひとりひとりの顔を確認する。いくつかの集団の列を確認した後、KAZを見つけたので、「母です。」と名乗って連れて帰った。KAZは防災頭巾を手にしていた。

あとは夫だけだ。私は夫に、「官房長官が、無理な帰宅は控えるように繰り返し強調している。今日は会社にいろ。私たちは大丈夫。それから、電池切れが心配だから電源は切れ。私は切らないから、何かあったらメールしろ。」という内容を電話やメールで繰り返した。夫は歩いてでも帰りたがっていたが、私はつっぱねた。寒いし暗いし、いくら大人の男性でも危険すぎるからだ。それに余震も心配だった。

結局、夫は帰宅難民となり、避難所の小学校で一夜を過ごした。KAZは余震を非常に怖がっていた。余震があるたび、私と一緒にテーブルの下にもぐった。私の足がテーブルから出ていると、「おかあさん、足が出てるよ!」とすごく注意された。私が何より恐れているのは、こういった災害時にKAZと離れ離れにななっていたら、ということだ。今回も、彼は学校にいて、私は家にいた。小学校が徒歩圏でよかったと、この時ばかりは心から思った。

今回の地震でPHSは非常に役に立った。まだまだ予断が許されない状況が続いているので、私たちは早速ウィルコムのお店に行き、KAZ用の電話を契約してきた。子どもに携帯を持たすのは本当はしたくない。まだ早すぎると思うからだ。でも、災害時にPHSは必要だということが身にしみた。がれきの下から「おかあさん、助けて。」と電話ができるかもしれない。24時間そばにいてやれないから、私たちは話し合って契約を決めた。
by o-chuck | 2011-03-13 01:17


<< 緊張状態が続く生活 試練 >>